ジル目黒オープンに向けて準備をしていた頃、カナ(梶原可南子)が面接に来ました。短大で保育の勉強をしていて、趣味はバスケットボール。飲食の経験はほんの少しだけ。一方でもう一人、田中くん(仮名)という人もジリオンを受けてくれていました。田中くんは飲食で働いた経験も豊富で、即戦力としてホールで活躍してくれそうなスキルを持った人でした。田中くんが入ったら楽になるなぁ、と感じたことを覚えています。
採用をしたのは、カナ。スキルでは田中くんが上回っていましたが、カナには圧倒的なウィルがありました。僕が「こんなお店をつくりたい」と語ると、キラキラと目を輝かせて前のめりに頷きながら話を聞いていました。面接後のレスポンスも高速。すぐに採用を決めました。
人が組織に所属する際の4Pという要素があります。目標・使命(Philosophy)、仕事内容(Profession)、人・組織(People)、制度待遇(Privilege)。人はこの4Pの内のどれかに重点を置いて組織を選ぶと言われています。面接で話を聞いていく中で、田中くんが重視しているのは制度待遇(Privilege)だと感じました。一方でカナが重視していたのは目標・使命(Philosophy)。スキルを持っていて制度待遇(Privilege)を求める人よりも、ウィルを持っていて目標・使命(Philosophy)に共感できる人、そんな基準でカナを採用しました。入社当初のカナは、スキルが追いつかず苦労をしていましたが、泣きながらでも仕事にくらいつき、今では会社を創る存在にまで成長してくれています。あの時の採用は間違っていなかったと、心から思っています。
伝説の求人広告と呼ばれるコピーがあります。
求む男子。
至難の旅。僅かな報酬。極寒。
暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保証なし。
ただし、成功の暁には名誉と称賛を得る。
これは、アーネスト・シャクルトンというイギリスの探検家が、1914年にロンドンタイムスに掲載した「南極探検乗組員募集」の新聞広告です。制度待遇(Privilege)の魅力など一切ありません。けれど、この求人には5,000人以上の応募が殺到したのです。多くの人が惹かれたのは目標・使命(Philosophy)の魅力だったのでしょう。ジリオンがこんな過激な求人をしていたわけではありません。しかし、当時のカナはジリオンの使命に惹かれ、目指す世界に共感したからこそ、苦しい時にも前を向き、ジリオンと一緒に成長したのだと思います。
かつて、採用に苦労した時期もありました。業界の中で有名になっていくにつれ、応募数に困ることはありませんでした。けれど、ジリオンという「ブランド」が強くなっていく反作用として、制度待遇(Privilege)を求めるスキルの高い人の応募が増えていったのです。ちょうど出店数を増やしていた時期と重なり、一人ひとりの負担を減らすという目的で「スキルよりウィル」という採用基準を下げて採用してしまった時期がありました。結果、その時に採用した人たちは、一人残らず退職しました。
一緒に働くということは、同じ船に乗って同じ目的地に向けて一緒に汗を流して船を漕ぐ船員です。けれど、いつの間にかジリオンは、外の人から見れば客船のように見えていて、船員ではなく船客として船に乗り込む人が生まれてしまっていたのだと思います。船員と船客では、当然のように意識が違います。「なんで自分がそんなことをやらないといけないの?」「手伝ったらお金がもらえるの?」という意識で働いてしまった人は、船を降りていきました。
ウィルとは、言い換えれば魂です。お客様の感動や、プロフェッショナルとしての仕事や、会社を創っていくことに込める魂です。そのウィルが低い人にとっては、「無気力」や「無関心」の状態が快適なのです。そんな人に、ジリオンが「機会を提供したい」「感動をつくりたい」とアプローチしても、「ウザい」と感じるだけなのです。採用のミスマッチは、人にとっても会社にとっても不幸です。採用は組織の第一ボタンと呼ばれます。第一ボタンをかけちがえたら、その後リカバリーすることは限りなく困難なのです。ジリオンが新卒採用に力を入れるのは、「ウィル」を大切にしているからです。新卒に「スキル」などほとんどありません。けれど、「飲食とはこういうもの、仕事とはこういうもの」という世間一般の低い基準に触れていないからこそ、素直に貪欲に成長してくれているのだと思います。
組織創りにおいて、ジリオンはこれからも採用を大切にしていきます。お金も時間も投資を続けます。決して妥協した採用はしません。社会からジリオンが求められ続ける限り、出店も続いていくので、一時的に人が足りなくなることもあると思います。けれど、人手不足を埋めるための目的で、「ウィル」という採用基準を下げることは決してしません。だからこそ、今ともに働いている仲間を大切にして下さい。仕事をしていれば、成果がでなくて苦しい時期もあります。思うようにスキルが伸びない時期もあります。けれどウィルさえ失わなければ、必ず人は成長し、成果が出せるようになります。もしも仲間が悩む時には、ぜひ手をさしのべ、肩を貸してあげてください。